◆◇ ミス・サイゴン ◇◆


初演年月・国1989年9月20日  シアターロイヤル・ドゥルリー・レーン(英国)
主なスタッフプロデューサー:キャメロン・マッキントッシュ/演出:ニコラス・ハイトナー/作曲:クロード・ミッシェル=シェーンブルグ/作詞:アラン・ブーブリル
主な出演者リア・サロンガ/ジョナサン・プライス/サイモン・ボウマン/クレア・ムーア
日本初演年月1992年5月  帝国劇場
主な出演者入絵加奈子・本田美奈子/市村正親・笹野高史/安崎求・岸田智史/石富由美子・岡田静・鈴木ほのか/今井清隆・園岡新太郎
発想・原作オペラ「マダム・バタフライ」をベトナム戦争に置き換えたもの
ベトナム戦争の後、混血の我が子をアメリカ人の父親に渡すため別れを告げる母の報道写真を見たことがきっかけになったとか。
ストーリー 1975年 ベトナム戦争まっただ中の陥落寸前のサイゴン。ポン弾き(通称エンジニア)が経営するキャバレーで過酷な戦闘の日々を送るGI達が一夜の快楽を求めてお遊びの「ミス・サイゴンコンテスト」を選ぶ乱痴気騒ぎを繰り広げている。そこで米兵クリスと、その日田舎から出てきたキムは出会う。互いに惹かれ合う二人。キムは親の決めた従兄弟(トゥーイ)との婚約を無視してクリスと一緒に暮らし始める。そんな中サイゴンは陥落し、米兵はベトナム人を置いて自分たちだけ、ヘリコプターで逃げるのだった。クリスはキムを連れていこうとするが、陥落による大混乱でキムを見つけることができず強引にヘリコプターに乗せられてしまう。
 その後、ベトナムにキムを迎えに行こうとするが色々な壁に阻まれ叶わず、戦争の後遺症で失語症に陥る。やがて立ち直りアメリカで生きていく決心をし、エレンというアメリカ女性と結婚する。3年後、それでもクリスは毎晩サイゴンの悪夢にうなされ続けている。その頃、キムはクリスとの間にできた子供タムを育てながら、クリスが迎えにくることを信じて待っている。そこにエンジニアが戦争の勝利によってベトナムの指導者となったトゥーイを連れてやってくる。トゥーイはキムに結婚を迫るがキムは「結婚している」とそれを拒みトゥーイにタムを会わせる。タムを見て逆上したトゥーイがタムを殺そうとしたため、キムはクリスの残した拳銃でトゥーイを撃ち殺す。混乱の中、キムはエンジニアを頼り3人でアメリカに渡るため、難民船でバンコクに渡る。
 バンコクでキムはバーのホステスとして働いていた。その頃クリスは息子の存在を知り、エレンと一緒にバンコクに渡る。クリスが来ていることを知ったキムは、ホテルにクリスを訪ねるがクリスはキムを探しに街に出ていて入れ違ってしまう。
 ホテルでエレンと会ったキムはタムを引き取るよう詰め寄るがエレンに拒絶される。タムをアメリカ人にすることだけを心の支えにしていたキムは、タムをアメリカ人にするために自らの命を絶つ。
作品に関する雑学 この作品のヒロイン、キム役を求めて大々的なオーディションが行われた。「英語で歌うことができるアジア人の女優」を求めて、ロンドンを飛ばしNY・ロス・ホノルルと周りフィリピンにたどり着いた。そこで二人の女優を見つけ最終的にロンドンでオーディションを行い決定したが、どちらがキムを演じるかこのときはまだ決まっていなかった。キムを演じる女優が決まったのはプレビューオープンの約2週間前(!)だった。

 この作品は初日のわずか1週間前に2曲も楽曲が入れ替わった。
 キムのソロだった「プリーズ」が作品にかみ合わないとジョンとキムの掛け合いになり、エレンの「今彼女にあった」は全然違う曲調と詩が今のものになったという。

 開幕後も大きな変更が2カ所あった。当初はホーチミン像は舞台の上で起きあがっていたのが、起きあがらないトラブルが多く、最初から舞台上に立っている形に変更になった。また、キムはタムの目前で自殺していたのが、「刺激が強すぎる」とカーテンの陰で自殺するようになった。それに伴いキムのラストの歌が変更になった。 


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